税金は捨てるために集めるお金?←ならなぜ再利用するの

犬の税金

国民から集めた税金は、本来は捨てるお金なのだが

税金をなぜ集めるのか。

国の支払いに使う現金の調達ではありません。

正解は、貨幣を減らすためです。

国民側にお金がだぶつくと各地で爆買いが起き、商品が枯渇し物価が上がりすぎるから。

物価の上昇は、貨幣価値の下落と同義です。

貨幣価値の乱高下を防ぐ安定のために、徴税制度が考え出されたのです。

もう少し詳しく

貨幣とは、今は大半が銀行預金です。通帳の数字が貨幣です。それをそう多くない1万円札や千円札など紙幣が補い、さらにオマケで硬貨をつけ足しています。

通帳や紙幣など貨幣を、なぜ国民が持っているのか。

多くの場合働いた賃金や報酬で、会社からもらったお金です。でも職場に貨幣プリンターはないから、お金の発行元は中央政府だとわかります。

自国通貨は、自国の政府が発行しているのです。

ひとつの証拠に、日本政府は毎年240兆円ものお金を国民の手に送っています。

GDP540兆円に対してでかい

240兆円のうち、政府は90兆円ほどを新発行しています。

一方で国民の手から減らす貨幣もあり、国税60兆円の徴収です。

消費税は消費の罰金だと聞くし

札たばで店をひっぱたき、商品が底をつくまで買い込むありがたいお客も、人数が多いと超インフレにつながります。

そこで、消費者全員を消費税でひっぱたき、買いすぎを食い止めます。

だから消費税が必要になるのは、バブルの好景気がさらに過熱した時です。平時や不景気の時は、減税したり、0にしたり、マイナスの消費税にします。減った税収分を、貨幣の新発行に置き換えるだけです。

「消費税は福祉の財源」は、子どもだましの嘘です。

国民から徴収した税金を、なぜ支出に再投入するのか

政府は自国通貨は必要なだけ発行できるから、回収した税金は金目の物ではありません。どうでもいいゴミです。回収金額が多いからホクホク、なんて人は頭がおかしい。

いつでも金券を増刷できる発行元が、自分で出した後で欲しがるわけがありません。国の台所にとって税金は不要なお金です。

だから、集めた税金は本来は捨てます。いくらでも発行できるから、重宝して頼りにするロジックが成り立ちません。

理屈をたどれば当然か

ところが、徴収した税金をいざ捨てるなら、気をつかいます。

捨てれば、新発行分は90兆円に60兆円を足した150兆円に増えます。増えても金銭上の犠牲はなくても、帳簿上でケタ数が増えます。事務作業がめんどくさい。

この例でも一桁増えていますね。

もし60兆円を捨てずに再投入すれば、通帳の数字の横幅も減ります。コンパクトで取り回しの操作が楽です。

数字の視認性が利点か

また貨幣を廃棄すると、処理手続きや確認作業があります。たとえば傷んだお札を日銀が捨てる時、ドリルで穴をあけます。流出を防ぐ手立てです。

かつて、大量の500円玉を職員が横領する事件がありました。

デジタルのお金も、数字チェックの手間はかかるでしょう。闇で復活するとやばい。

持ち逃げさせないセキュリティーか

だから本来は捨てる税金も、再投入して新しい発行分と混ぜる行動は、人間のクセで自然に思いつくはずですね。

料理店での食材の使い回しとは違って、円のお金は鮮度が落ちませんし。

再投入が際どい行為に映り、誤解が爆発的に広がる

税金を集めて捨てて、その儀式をテレビニュースで映せば、税金は貨幣価値を安定させる目的で必要なんだと、丸暗記する人は増えるでしょう。

ところが捨てずに再投入して還流させると、多くの人が錯覚を起こすのです。

錯覚したフェイク理論が財源論です。

出たあ財源論

国の予算金を集めようと、国民に税金を差し出させる。そのお金を、政府が国庫に大事に保管する。それをサイフにして、国の財政をまかなうという解釈間違いです。

財源をつくるために税を徴収するという、ひっくり返った曲解に走るわけです。

何かにたとえられないか

前に思いついたのは、野犬の殺処分です。犬です。

引き取り手がおらず身寄りのない犬を、保健所で処分していました。

当時は子どもが襲われないよう、犬が野放しでウロウロするのを防ぐことでした。エサが入ったオリを仕掛けて、野良化している身元不明の犬をつかまえます。

犬の里親NPOの活躍で、最近は処分はやめたかも知れません。

そしてここからフィクションですが、処分後に肥料にでも再利用したとします。日本ではやらないでしょうけど。

絶対に勘違いする人が出る

「肥料をつくる目的で犬を集めている」と、ひっくり返った解釈が必ず出回ります。やがて都市伝説になるでしょう。

子どもの安全と狂犬病の予防で殺処分し、後で二次利用しただけなのに、二次利用の方が目的だと心得る人が現れます。人間社会の怖さです。

企業社会でもある話だし

やがて「がんばれば肥料の量を増やせる」と認識がひっくり返り、あげくに肥料の出来高で保健所を採点するなど、皆がおかしくなります。

元の目的からかけ離れて、飼い犬とわかっている犬も連れて行って処分する、仕事熱心な部隊が現れて手柄を競うでしょう。

何匹処分したかが人事評価で出世の指標となり、処分の手を広げる流れです。

愛犬を差し出さない家庭は、非国民みたいに言われて。

それが税金で起きている?

余ってだぶついた貨幣の殺処分が、国税を集める正しい目的です。本当は、本来は。

元々の目的は、国の肥料にするお金の捕獲でなく、ウロウロ余ったお金の除去です。

そこがひっくり返ってしまった?

税金を、国の肥料と思ってしまう勘違いが、定着したのです。

だぶついた余剰金を取り除く目的の徴税が、国の運転資金を得る目的へと、話がでんぐり返っています。

回収金額が大きいほど、国を育てる肥料が増えて偉いぞと、皆で誤解していきます。その勘違いから生まれた理論が財源論です。

徴税は予算金づくりだとの誤認が、今の日本で激しく続いています。

本当は好景気で余ったお金を捨てる目的だとは、全然知らない人が多すぎるのです。

すさまじい誤解の広がり

皆さんは、税金を多く集めれば国が富むと誤解していますよね。多く集めるほど、貧乏になるのですよ。逆なんですよ。なぜなら、ただの貨幣減らしだから。

増税は単純に、みんなが手にするお金を減らす意味ですよ。手取りを減らす行動です。

しかし、だんだん家の飼い犬までが処分されていくように、生活費まで処分されたのが、平成時代の増税でした。

いらないお金ではなく、いるお金まで没収されちゃった。結果はみんなビンボー。

重税自体が意味不明なのか

国税は、消費マインドを調整してお金の価値を守る目的です。

だから景気が良いと増税して、景気が悪いと減税します。単純な話です。

なのに景気が下がり消費マインドが冷えきった中、さらに重ねて増税するって、頭がおかしいですよね。国の運転資金じゃないのに、最多金額の記録を喜ぶなんて。

明らかに、省庁の人事課の競技種目に、税収の出来高が使われています。

日本以外はどうなの

税金の目的が本来と違う倒錯は、世界でもみられます。経済学自体が、未熟で間違っている学問なのです。

そして徴税目的を人類に勘違いさせてきた罪が、税金の還流です。

電子ジャーで炊きたてのご飯に、昨日の冷や飯を混ぜても、主役は新しいご飯の方です。なのに、昨日のご飯が主役で、新しいご飯を補助とみる誤認が財源論です。

いくら税金をとるべきかはどうなる?

前年より税収を増やし、記録更新に熱中する間違いを犯していきます。

殺処分の数が減ると職員は尻を叩かれ、飼い犬を次々捕獲して処分数の実績を求めるわけです。

人間は、そういう行動に向かう生き物ですからね。

何て言っていいのか

「李下に冠を正さず」のまぎらわしい行動に、徴税がなっています。

国をどんどん狂わせ、国民は憎しみ合い、刺殺や放火テロの記録を更新して。

日本人は性格がきっちりしていて、貧困化の表れ方もきっちりしていますね。

日本人の次にドイツ人はきっちりしてるってか?

徴税は野犬の殺処分と似ています。余剰の悪影響を防ぐために回収し処分します。しかし徴収額を予算に再投入する慣習が、目的を誤解させています。
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