新型コロナウイルスと病院の削減:無駄なコストカットで死を

手の爪

無駄が多かったので、助かることが増える身近な体験

新型コロナウイルスと、日本の無駄な物、という関係を考えます。

友だちのグループで飲み会に行ったとします。待ち合わせの公園でみんなが座って話していると、「あっ、やばーい」と声が。どうかした拍子に手指の爪がささくれ立ち、一瞬ニットの服に引っかかったのです。そのうちストッキングに触れて伝線しそうです。

その時、嬉しい声が。「あたし爪切り持ってるよ」。その爪切りを使って、別の男の子がヤスリでなめらかにしてくれました。

この爪切りに相当する物品や装備が国内に十分多いと、国力になります。

新型コロナウイルスへの対応もそうです。患者が増えた中国の武漢市は、今や人の出入りが封鎖されています。コロナは風邪のウイルスで、流行性感冒のインフルエンザとは違い、普通感冒ではあるのですが、性質が不明で勢いよく流行しています。

日本に何ができるか

細菌よりはるか小さいウイルスの飛散も止める立体マスクを急に増産したり、ワクチンを大量につくり出せる研究所も期待されます。

しかしその余力は平時は無駄です。削減したり手を引きたくなります。そうするよう要求する者もいます。

平成時代の日本に吹き荒れたスローガンはこれです。

「無駄を、徹底的になくせ」。

「不要不急な物は、どんどん削減せよ」。

「高い国産は廃止して、海外製品を安く買えば得だ」。

その結果、令和時代の日本はできることが限られ、フットワークも鈍いのです。昭和に築いた「何でもできる能力」を平成のコストカットで捨て続けたからです。

ところが、緊急事態で必要になります。その時、きれいに捨てた後なら、主導権は海外に移るでしょう。日本は国際的な救世主の地位を失い、尊敬されなくなるでしょう。日本は使えねえ、というイメージも定着して。

無駄だけを削減しても、必要な物まで削減される不思議

無駄の削減で怖いのは、削減に調子に乗ってしまう、人間の心のはたらきです。ミニマルライフや断捨離ブームの過熱がまさにそれ。

平成時代に、地域の保健所と病院をどんどん削減していきました。

これが何かと制約になって、行動が狭められるのです。

増やすべきを増やさないとかも?

たとえば福島第1原子力発電所も、設計施工は世界有数の高品位のはずが、まさか海面上昇でわき役の冷却電源が吹っ飛ばされるとは思っていませんでした。

というのはウソで、思っていた人がいました。いずれ東海地震が来るしと、堤防を馬鹿に高くする計画案があったのです。

でも無駄の削減で、政府の補助金出費を減らす逆走思想によって無期延期しました。極秘の危険想定はあったのに、お金がもったいなくてやめちゃった。

ちなみに堤防をやめたら国のお金が助かるのではなく、国のお金を増やし損ねるので、GDPが伸びずに貧困化します。あべこべを思っている方に向けて、念のため。

プライマリーバランスの黒字化目標が、福島原発を放射能汚染源に変えた真犯人といえます。本来正当である赤字拡大を目標にしていれば、原発をガチガチに守れたのです。

想定外でしたと言えば済むみたいな

その言い訳も、貧困化した斜陽国のシンボルですよね。

爪切りに相当するのは、無駄に高い堤防と、無駄に高い位置に置く冷却用電源でした。

その無駄を削減して、バシャーッ。

やがて、ドカーン。

はい、おしまい。

未来予想の賭けに負けました。

チーン。

必要な無駄と不要な無駄を分けたら、日本は復活しない

ここで大事なポイントは、無駄な物なのか、必要な物なのかを判別する目を養う話ではありません。無駄が経済成長になっている話です。

今家庭の中に、鉄道模型や自家製ビールキットはありませんよね。生活に必要なものだけを買うよう心がけていますね。すると回り回って、国全体の貧困化が起きます。

無駄な中から無駄でないものを探そうという考えでは、同じ失敗に陥ります。人間はそういうふうに物ごとを解決する力は持たないのです。

選択と集中はかえってだめ?

それって、現代人の能力を過信していませんかねー。中二病的で。

それがわかる一例に、新作の美術展覧会があります。優れた作品だけ選んで展示する方法だと、集まる作品がしだいに委縮します。とりあえず何でも一度は展示しちゃおう式の方が、作る側はアイデアが広がり、見る側は目が肥えます。

美術家と鑑賞者の双方に、成果が多く残るのです。

無駄がそのまま経済成長にプラスとなる、現代の国家財政の仕組みを知った上で、無駄を色々試して、長い目で様子見すればよいのです。

先進国同士で、まじめな国が伸びないのは、なんでだろー

災害への広域的な備えは、民間には無理です。民間は国と違い貨幣プリンターを持たず、円の借金さえ返す義務があります。だから政府が無駄な備えにあれこれ手を出すのは、ごく自然なことです。

政府をなくしたり、うんと小さな政府に変えれば、自由経済が実現する願望がよく叫ばれます。これは、母がいないか傍観する方が、赤ちゃんは自由に伸び伸び育つ的な、片寄った思い込みでしょう。

政府だけは円を発行できるので、国づくりは実は政府だけにしかできないのです。

地震、津波、台風、大雨、土砂崩れ、ドカ雪。忘れていたのが微生物の感染症でした。国の無駄の正体は冗長性であり、想定外の敵を克服する力です。
Photo: by KaLisa Veer on Unsplash