バブル時代の好景気では人の価値は高く幸せな期間だった

昭和バブル時代

景気が上がったバブル時代に、命の価値も上がった

皆さんは、バブルは悪い時代だったと思っていませんか。

実は逆です。

バブル時代は、人が人らしく生きられた時代です。人間が尊重され、命が大事にされました。はっきり言って明るく楽しい時代でした。幸福な毎日だったのです。

まず、バブル時代には「ブラック企業」の語がありません。「モンスタークレーマー」は1999年の東芝ビデオデッキ事件が最初でした。

他にバブル時代に聞こえてこなかった語は・・・

モンスターペアレント、パワーハラスメント、オレオレ詐欺、路上無差別テロ、優生思想、ストーカー、DV、格差社会、非正規、上級国民、貧困化、老害、負け組、負け犬、引きこもり、草食系、サービス残業、リストラ。
バブルその後は負のオーラがすごい

平成のキーワード「自己責任」も、バブル時代には耳にしない言葉でした。自己責任は、国民が分断されて人権侵害が平気な、平成の中旬以降の流行語です。

バブルの流行語は、「本物志向」や「付加価値」「個性化」です。

ひどいパワハラやマウンティングする上司、社員が死ぬまでこき使う社風も、バブル時代にはなく。バブル時代の会社トップは昭和一ケタ世代が中心で、カリカリしていません。

過労死やパワハラ自殺は、平成時代に激増し、普通になっちゃったのです。

バブルはいい人が多かった?

社員が死亡しても平気な金儲け一筋を、胸を張り公言する薄情なトップは、バブル時代が終わってから急激に増えました。

バブル時代は部下の才能つぶしも目立たず、結果的に今の年配者にノーベル賞が多いのです。受賞した研究は、若い頃の出すぎたマネでした。

今なら、カネにならないとして却下される無茶な研究ですよ。「研究したいのなら、君の金でやれ」と令和の企業なら言うでしょう。バブル時代は逆でした。

なぜ気前がよかったの?

昔の人は性格が温厚だったのでしょうか。

簡単な話で、日本の金回りがよかったからです。未来への投資を惜しまない気持ちです。昭和の後半はインフレ好況でした。景気がよかったのです。

社会にお金が出回っている時は、お金に汚い人が減っていきます。くじ引きで高級外車が当たるパーティーなど、極端に太っ腹な人も現れたほどです。

バブル時代には大勢が明るく、前向きな気持ちになれた

バブル時代よりもさらに前の、ビフォーを語る人はほとんどいません。1980年代の前半です。その頃は景気がそれほどよくもないのですが、新時代が来た感覚はありました。

たとえば音楽です。アナログレコードがそろそろ終わり、デジタルCDの発売が1982年でした。一枚4300円。日本のソニー社と、オランダのフィリップス社が合同で、音楽CDの16ビットで79分弱の仕様を決めたのです。世界をリード。

デジタル時代の幕開けで、どんどんアイデアが広がりゆく期待感がありました。

しかし、その時はまだ好景気とまではいえない頃で、音楽CDがよく売れるのはもっと後の1980年代終わりで、それがバブルの好景気でした。

バブル時代の始まりはいつ?

バブル時代とは東京と地方で少しずれますが、1987年から1992年までの5年間ほどが好景気の中心的な期間でした。その期間に起きた現象は、まず物がよく売れたこと。

バブル初期はデザイングッズの流行です。コンクリート製のペン立てとか、手でたんねんに彫った彫刻的なお菓子入れなど。空き缶で過ごす貧乏時代は終わり、カッコいいグッズが飛ぶように売れました。

家庭にもすてきなデザインとアートが欲しい、そういう社会的な高揚感です。調度品にも広がり、おしゃれなイスとか、美しい柄のカーテン、北欧家具の応接セット一式なども。大塚家具が繁盛する時代でした。

高いイスと安いイスがあれば、一番高いのに目が行くわけです。安物を買うと貧乏くさいから。ステレオもミニコンポなどではなくフルサイズのゴージャスなもの。重さ50キロや100キロもあるスピーカーシステム。30センチウーファー。上級者は38センチ。

車が今も語り草で

車は3ナンバーを庶民が買い始めた頃です。昭和の前半は3ナンバーは大企業の重役か、アレな人だけが乗りました。それを普通の家庭が買い始めたのが「シーマ現象」でした。学生がマークIIやクラウンに乗って。

一戸建て住宅もブームでした。出窓や屋根裏部屋、ロフト、吹抜のある家が大流行。当時最も高給が話題になった職業が、建設のトビ職と、宅配トラック運転士でした。高層ビルの建設と商品配送が、ラッシュ状態になったからです。

服のファッションについては、もう言うまでもなく。女性用だけでなく「メンズビギ」など男性用のスーツが大人気。6万円。アクセサリーやウォッチも売れて、ティファニーとかレノマとか。

バブル時代の耳タコは、ファッションブランド名でした。他人を追い落とすための攻撃的な語「自己責任」ではなくて。

バブル時代はなぜ軟着陸しないで、激しく墜落したのか

こういう話はいくらでも出てきますが、今はあまり語られないのは、日本人が気落ちしているからです。あだ花で片づけて、忘れようとしているから。

心が折れた状態ですね。

バブル時代の終わり方はどうだった?

バブル時代は「五カ国プラザ合意」から始まる、日本を世界市場に向ける圧力の副作用で生じました。外国が日本を自由化に従わせる話だったのに、日本は強くなりました。

だからバブルが終わった時、なぜ日本は軟着陸せずに地面に激突したかが問題です。実はとっくに分析されて、ネットにも答が出ています。それはある人が故意に終わらせたからで、誰なのか人名もネットに出ています。

日本銀行の関係者です。

具体的に何が日本の失敗?

ひとつは銀行の不良債権処理の迅速化でした。バブル時代の最大の特徴となったけん引役は、不動産投機だったのです。株の投機バブル以上に、土地バブルでした。

キーワードは「リゾート法」で、日本人がバカンスのような大型の休みをとり、レジャーをもっと行うべしというコンセプトでした。日本中のあちこちの高台や山地や海岸で、日帰りや宿泊型のリゾート施設が計画されました。

「何にもないこんな里山を切り開いて、リゾート施設を作るわけ?」って感じで。

「こんな普通の場所に観覧車を?、こんなところにジェットコースターを?」。

今も残がいがあるらしく

バブル時代のリゾート施設の典型は、長崎県の『ハウステンボス』です。大規模で念入りだったので、危機の後にかろうじて勝ち残り、他の『XX村』などは消滅しました。廃墟になり、今は心霊スポットだったりします。

そのリゾート開発と同様に、観光地のリゾートマンション計画が流行り、さらに従来の土地神話と合流して都市のマンション一室も売価が2倍などにぐんぐん値上がりしました。

本当に買う人は多くなく、日銀の公定歩合を上げて不動産投機ブームははじけました。

あのバブルは自然消滅ではなく、金融方針を急変して突き落としたかたちです。

バブルの好景気を次につなぎ損ねた?

不動産に踊った失策とは別に、バブル時代は適度なインフレ好況の見本でした。皆が先進国らしい暮らしに目覚め、ゴルフ、スキー、テニスなどに大勢が参加したのは、それまでの日本が全般に貧困傾向だったからです。日本人は働き詰めで遊ばなかったから。

つまり不動産や株などの「金融経済」と、物が売れて皆の所得が上がる「実体経済」とを、区別する知恵が日本になかった。後始末のズッコケでデフレへ転落しました。

後に中国共産党は、うちの国のバブルは日本の失策に学んだと自慢しています。

バブル時代の初心者だからコケた?

踊った後にわざわざバーンと墜落させなかったら、平成の30年間は楽しく送れたはずでした。しかし未体験ゾーンだったせいで、偉い人があわてて操縦かんを前に倒して失速させ、地面に激突して日本経済はつぶれ込んだのです。

世界から叩かれました。何を叩かれたのか、日本人は今も理解できていません。

今でも日本人はバブルが悪で、その後の下落が正しいのだと、誤解しているのです。

ひどい人になると、バブル時代にお金を使いすぎたせいで、今はお金がないのだと、全く勘違いしています。お金をアフリカゾウのキバや、ウミガメの甲羅と混同しています。

その誤解が、平成大不況の主因です。

日本は世界から離反し、唯我独尊に閉じこもります。

それホント感じる

「失われた10年」と呼ばれた頃から、日本経済を相手にする国が減り、中国経済を世界が相手にし始めます。2019年の今で、失われた27年です。

バブルが終わってデフレ不況が始まるまでに、空白の2年が存在します。その期間は大事なので、また後で。

バブルの好景気で、人間の尊厳は高まりました。平成中期以後は尊厳は消えて、パワハラや無差別テロなど人権侵害が日常化し、昔を想像できません。
Photo: rihaijによるPixabayからの画像