72 スキー板を踏める人は何が違うのか(増補版2012年)

1 「あの人は板を踏んでいる」という言い方を聞きますが、どういう意味なのですか?

「スキー板を踏む」の表現は、カービングターンの質の話でよく出ます。「板を押す」「板をたわませる」「板の反発を感じる」「サイドカットだけで回ってはいない」などの言い方は、皆これと同じ意味です。競技スキーヤーは皆がスキー板を強く踏み、板を踏める人はそれなりのベテランです。

2 それは、スキー板に体重が強くかかっている状態ですか?

体重60キロの人が、90キロなどの大きい荷重を板に与えている状態です。ターン時に、見かけのサイドカット半径が設計半径よりもかなり小さくなるまで、板を踏んで押して変形させています。

3 板がたわむのは、ターンした時に誰でもそうなる気がしますが?

そのとおりですが、「かなり」たわませるのがミソです。スキー板は、ターン中に遠心力を受けて必ずたわみます。よく耳にする言い方の「サイドカット半径どおりに回る」などは、物理的には起きません。どんなターンでも、ある程度は板が変形して、見かけのサイドカット半径は小さくなっています。ところが板をかなり踏むと、少しの変形ではなく、かなりの変形が起き、一段とコンパクトな円でクイックに回り込むわけです。

4 でも、ぐっと踏んでも全く反発を感じませんが、筋力が足りないからですか?

うまくいかないのは、板を上から下に踏んでいるからです。正解は、横へ向けて踏みます。大地にドーンと立った状態ではなく、雪を横へ押すように踏んでいます。下ではなく、横。

5 ということは、どういうことですか?

板を踏んでいる人は、体を深く倒し込んでバンクさせています。ひざ下は、斜め横方向に伸びていて。下方向ではなく、横方向。

6 下に向かって踏んだのでは、全然だめだったのですか?

数字で説明しましょう。平らな場所で人が直立すれば90度、横倒しだと0度とします。カービングターンで体を倒す時に、足を70度に傾けたぐらいでは、傾きが浅すぎてほとんど踏めません。スキー板のセンター裏はすでに雪に押しつけられているから、それ以上踏んでも踏んでも、センターはもうへこまないからです。スキー板はたいして変形しません。

7 図に描けば、確かに板裏に圧雪が存在するから、たわみ量は知れていますね?

次に、足を70度でなく45度まで倒した状態をシミュレーションします。70度の時より、スキーヤーの体は深くバンクしています。すると、板のトップとテールはさっきと同様に雪に接しているのに、センター部は浮いてフリーになります。もちろんそれは、板だけを45度に傾けた模式的な話で、現実には人が乗っているから、センターは浮いたままにならずに向こう側に大きく押し込まれます。70度よりも45度の方が、板はずっとたくさんたわみ、弓なりにしなった変形がより目立ちます。

8 体の倒れる角度が、決定的な違いだったのですか?

板を踏んでいる人は45度に倒れていて、板を踏めない人は70度に立っていただけの話です。筋力や元気度の話とは、また別だったという。

9 ならば、45度に倒せるようになる近道はありますか?

カービングターンの時にわざと姿勢を低くして、両足を外へ投げ出すような感覚で、体全体を倒し込んだ姿勢をとります。

10 少しずつ慣らしていくのですか?

差がはっきりわかるよう一気に、いっそヒョイとしゃがんでしまって、足を横へ伸ばしてみます。頭の位置と靴の位置が、大きく離れている状態をつくるのです。両スキー板が、体の後方の遠いところにある実感です。

11 そうする時に、注意点はありますか?

ターン弧が小さいので、クイックに回ってきます。体の遠くにあった板が、ヒューンと真下に戻ってきて、反対側へ抜け出ようとする、これがあっという間に起きます。カービングターンに慣れないうちは、足元から体全体を倒されそうな感じであわてます。だからこれは、カービングターンのお試し期間にはできない操作で、およそ中級以上向きでしょう。

12 「板を踏む」という言い方は、カービングスキー以降に出てきた表現なのですか?

昔からありましたが、カービングスキーの恩恵で中級からトライできるようになりました。従来より設計Rが小さいカービングスキーなら、体を深く倒しやすいからです。それでバタンと倒れ込まないのは、倒せば倒すほど、回転弧がいっそう小さくなって、遠心力もいっそう増して、それが倒れかかったスキーヤーを起こす力となって、好循環的に釣り合い続けるからです。70度でも釣り合って、45度でも釣り合います。

13 思ったように倒せない場合が、実際にはある気がしますが?

スキーヤーの個人ごとに、釣り合う条件があります。釣り合うための要因は、ざっと4つです。(1)板のサイドカット半径、(2)板の硬さ、(3)スピード、(4)体重。例えば標準的なR14メートルに対して、27メートルなどRが大きい板だと、45度に倒し込んでもクイックに回らず、ゆるやかに大きく回ってしまいます。すると遠心力が十分発生しないから、釣り合わずにボテッと雪面に倒れ込みます。もちろん倒れる以前に制約を受けて、「皆のように回れないのはなぜだろう」と首をかしげるだけです。Rが大きい板だと、体を容易に倒せないのです。

14 昔の旧式ずんどうスキーで、体を立てて滑っていた理由がそれですね?

体が倒れた状態を続けられる遠心力を、このR27メートルの板で常時得るには、スルスルではなくシャーッと高速に滑走する必要があります。時速40キロあたり以上のスピードを出し続けない人には、ほとんど踏めません。強く踏めるまで体を倒すには、ハイスピード滑走が条件になる板なのです。

15 それとは逆に、サイドカット半径が小さすぎる板だと何が起きるのですか?

R8メートルなどと特別に小さく設計された板は、高速時にたわむと正味がR3メートルなど極小になります。クイックすぎる回転で生じた強い遠心力を、雪がもはや受け止めきれません。F1レースカーがコーナーでスリップして飛び出す事故のように、スキー板が瞬時に外へ逃げたりします。板がズルッといって滑り込み転倒とか。そんな板は低速か素早い動作か、いっそずらすなどして乗りこなすわけです。

16 ということは、中間あたりのちょうどいいスキー板があるわけですね?

足の倒し方が、70度でも、60度でも45度でも、35度でも、どんな傾きでも成り立つスキー板があります。どの板がそれかは、一人一人異なります。「板を踏むなんて、まだまだ自分にはできない」と思っている人は、今の自分が踏める板も市販されていて、それは高級品とは限らず、中初級用の製品に多いと考えていいでしょう。