55 道具のスポーツを理解する

1 スキー上達で一番大事な何かをたった一つあげるなら、それは何か?

「スキーは前傾」や「スキーは外足荷重」と言う時代もありましたが、今しばらくは「スキーはスキー板」です。1990年代にスキーをやめた人を見ると、必ずといっていいほど不適切な板を使っていました。いくら手入れがよくても、旧式スキーも不適切の一種です。一生懸命なのに、板にやられて報われない構図がこれ。道具運が悪いか、道具を軽視しているか、いずれかがほとんどです。

2 パラレルの壁に挑むレベルの人には、道具よりむしろ根性が大事ではないか?

道具が根性を骨抜きにするから、皆困っているのです。ランニングシューズやスイムウェアなどと違い、スキー板が不良だと、努力すれば結果は自ずとついて来るはずのスポ根が成り立ちません。始めたホヤホヤで白紙状態の人でさえ直ちに影響を受け、未来までさらわれる、これがモータースポーツと並んだ、「道具のスポーツ」たるスキーの宿命です。

3 スキーで「道具のスポーツ」をはっきり実感できるのは、どういう時か?

1日の途中で板を交換すると、はっきり感じます。スキー板を1組だけ持つと、「板は皆いっしょ」という気になります。1組だけを使い続けて、そう信じている人も多いようです。しかし複数の板を代わる代わる使うと、フィーリングの違いだけでなく、できること、できないことが入れ替わり、自分の見かけの技量を上げ下げする、うれしいような悲しい事態に気づきます。

4 スキー板を乗り比べても違いがわからなかった、という声もあるが?

似たものを比べているからです。大違いの板を比べれば、初級者にもすぐわかります。サイドカット半径40メートルの板と、14メートルの板を交互に使えば、最初は誰でも違いに驚き、あきれ果てます。笑い出すかも知れません。14メートルの板だと、足元ががっちりと安定し、おもしろいように軽々とターンできるからです。40メートルの板はいったい何だったのかと、呆然と空を見つめて虚しさにひたる人もいるでしょう。

5 うまく滑れないからと、すぐに板に責任転嫁するのも、少々安易ではないか?

板以外の何かに責任転嫁する方が、かえって問題です。今、スキー100年の計として、「板に責任があった」というビッグニュースが、地殻変動となっています。1997年以前に買った板は、今にして思えば全然ダメだったとプロたちも宣告し、現役スキーヤーのうれしい買い換え騒ぎが始まっています。

6 古い道具を大事に扱う「美しい心」を、失いたくない人もいそうだが?

その倫理観で、スキーの何もかも全てを失った人が多いのです。昔からスキーファッションの周囲には、用具を毎年モデルチェンジする商業主義への批判が飛び交っており、たまたま耳に入れた人はスキーの大元を誤解したのかも知れません。スキーヤーが一番大事にすべきは、毎年の継続です。次の冬も雪上にいる現在進行形の中で、道具の大事さを理解していくのです。

7 道具にケチをつける前に、道具に自分を合わせる努力も必要ではないか?

細かい差異の次元では、その説はもっともです。私自身、様々な板を用意して、自分を振り回し、クルクルと変形させています。しかし限度を超えた、話にならない板も、カッコいい絵柄をまとって売られています。「いったい誰が使うのか疑問に思える難解な乗りにくさだ」と器用なプロも見捨てた板を、初級者が入手してがんばるのは、大志を抱いての飛翔というよりは、むしろ事情にうとくて引いた貧乏くじでしょう。

8 クラブをすぐ買い換えるゴルファーの話があるが、スキーでもいえないか?

ゴルフクラブは良く飛び、命中する目的が全社同じなので、よいクラブセットを1組(10~14本)持てば足ります。ところがスキーの方は、モデルごとに指向を変えている上に、最終目的までが分かれています。ドライバーのごとき板や、パターのごとき板に作り分けられ、それらを使い分ける楽しみがある一方で、1組(左右2本)だけ買う人にとっては、ゴルフクラブにはない買い間違いも起きるのです。

9 買い間違いの失敗として、どういうケースがあるのか?

例えば私が買った旧式モーグル板は、デコボコを「落ちる」目的の製品で、デコボコのない整地斜面では、板をいくら踏んでも力が返らず、まるきり回っていかないので、スキーのスの字もできません。同じ板を持つ人に出会って発覚しました。モーグル板のプリントデザインにひかれる初級者がいますが、普通のカービングスキーで腕を上げてからのオプションと位置づけるのがいいでしょう。

10 初級者がモーグル板を使えば、コブが人一倍うまくならないのか?

人一倍へたになります。モーグル板には、コブ斜面をやさしくガイドしてくれる親切な機能はないのです。筋力トレーニングした選手がモーグル競技で勝つために、すごいスピードが出て空中演技も素早くできるよう、細くずんどうに、軽く作ってあります。コブが滑れない人を慣らし、手助けするのは、普通のカービングスキーの方です。

11 単純に、スキー板の重要性を、初級者はどう心得ればいいのか?

一人の人間でいえば、間違った板で正しく滑るよりも、正しい板で間違って滑る方が、最低でも倍はうまく滑れます。