14 閉じたスタンスに恋する季節

1 近年のゲレンデでは、両足を開いた指導ばかりが目に入るが?

肩幅スタンス(通称ブライトスタンス)が基本です。左右スキー板の中心線どうしで35センチ程度離します。実はこうした開脚姿勢はかなり昔からあり、例えば70年前の写真では足を開いています。まだ旧式スキーしかない90年代のスクールでは、最初に全員を滑らせ、足を閉じようと気張った生徒に開かせてから指導が始まりました。

2 パラレルとは、両足をぴったり閉じ合わせる意味ではないのか?

板を平行にする意味です。つまりハの字でないということ。間隔は無関係。本来「板をそろえる」とは、2枚の板の向きを一致させる意味ですが、足を近づけて一体化させる姿勢がとられた過去があります。年配の人に多いことでわかるように、これは誤解釈というより、実際にそうした指導教育の嵐が吹き荒れた時代があったからです。

3 近い過去には、スタンスはどう変わったのか?

1970年代は美意識一辺倒で足を閉じ、80年代はレース人気によるシェーレン(シザース=逆ハの字)が増え始め、90年代は合理性追求で開いたパラレル、カービングスキーではもちろん普通は開きます。カービングターンで体を大きく倒すと、両足を開かないと物理的に足を雪に置けないので、自動的に肩幅スタンスやワイドスタンスしか選べません。

4 かつてのパラレルの壁の高さは、狭いスタンスとも関係があったのか?

結果はそうです。かつてゲレンデでよく見た光景ですが、初級者が山回りの後半にうつむいて下を見ながら足を閉じようとして、ズルズルとターンを長引かせていました。この努力には弊害があり、3つの理由で上達が遅れます。(1)倒れない苦心に夢中で運動がおろそかになる、(2)ターンが途切れて連続動作が身につかない、(3)ターンの回数が減って練習不足になる。

5 パラレルのできない初級者は、なぜあれほど閉脚にあこがれたのか?

実際に、閉脚に恋したのは必ずボーゲンスキーヤーで、できないからあこがれたのです。実は初級だった当初の私も、リフトの上から人のスキー板の間隔ばかり見ていた頃があります。そこにしか目がいかないのです。力んで足を閉じてみせる中級者が、やたら魅力的に見えました。

6 なぜ自然体の上級者より、無理な動作の中級者に魅了されるのか?

スキーを全身運動として見る目がなかったので、ひざの動きや腰の向きを説明されてもチンプンカンプンで、代わりに見てすぐわかる両足間隔に目が吸い寄せられたのです。80年代になれば一部の上級者は広い競技スタンスを始めましたが、両足をカカシのように一本にした中級者の方が、未熟な私の目にうまそうに見えたのです。

7 かえって完成度の高い上級者が、素人目にうまく見えないわけか?

派手なトンガリがないと地味に映ります。例えば舞台芸。カラ傘にボールや箱、ヤカンを乗せてクルクル回す芸人がいます。師匠がラジオ番組で述べたのは、幼少から訓練した実力どおりに巧みに回すと、客は自分にもできそうだと感じて、拍手が少ないそうです。傘が暴れてよろけたり、一度は物を床に落とすなど、失敗の演出をわざと加えれば、難易度が客に伝わって大かっさいが起きるそうです。

8 なるほど、だからスキー歴3日の人には、千日よりも15日の人が上手に見えるのか?

そこまで差が開けば、視界に入る時間のせいです。千日のベテランは、スイスイ飛んでいくので、ビギナーの視界に入るのは一瞬で、全く印象に残りません。15日スキーヤーならビギナーの付近で視界に入る時間が増え、ビギナーが降りられない斜面もひとまず降りて見せるので、達人に見えるのです。

9 全くの初心者の目に、他のスキーヤーはどう映るのか?

私の初心の頃を思い返すと、指導者の試技がどうであっても、こちら側にうまいへたの指標がなく、目に映った次の瞬間に記憶から消えました。他のベテランたちが、あの人は特別うまいぞと言うのを聞いて、耳情報で納得しただけです。同じ理由で、初級者にプロスキーのビデオを見せても、国会中継を見る中学生のようにたいくつしたりもします。