12 パラレルの壁の正体を分析する

1 ボーゲンとパラレルの差を、簡単に説明するとどうなるのか?

板をハの字から平行へ、これを自転車に例えます。ハの字のボーゲンは補助輪で支えた四輪の状態、平行のパラレルは補助輪なしの二輪で乗れた状態に相当します。ガラガラ走るか、スイスイ走るか、同じ自転車に乗っても、楽しさに雲泥の差があります。

2 自転車に例えるのは、何が似ているからか?

生まれて初めて自転車に触れた、その日に乗り回せた人は世に存在しません。翌日に乗れた人もいません。次の日も、その次も、笑顔はありません。同じように、生まれて初めてのスキーで、パラレルで滑り回れた人も存在しません。翌日も、次の日もそうです。どちらも、数日中にできるほど簡単ではありません。日数にして何週間かの練習が必要です。逆に一度身につけると、一生忘れない点も似ています。

3 なるほど、表面上は共通点が多いわけか?

根本的な共通点もあります。自転車に初めて乗る子どもは皆、試す前には簡単に乗れそうな気がします。ところが、いざまたがれば、足で支えないと重い自転車ごとバッタリ倒れることを知り、ショックを受けます。見かけ以上に難しくて怖いから、練習を嫌います。やがて冷静になってトライし直し、さあ足で地面をけり、行きたい方向にハンドルを回そうと腕で押し引きします。すると・・・アレレ・・・

4 そこで何が起きるのか?

曲がれないのです。なぜかハンドルが鉛のように重くて回せません。曲がろう、曲がろうとグリップを押し引きしても、自転車がガンコに直進する不思議さと、思うように向きが変わらないイライラを体験して、改めてショックです。スキー初級者の、曲がれない体験にそっくりです。

5 どうすれば曲がれるのか?

正解は、ハンドルを腕力で曲げようとせず、曲がりたい方に体全体を少し傾けて、自転車を少し倒し込みます。バンク角をつけてやるわけです。ハンドルを力でぐいぐい回し込む積極的な行動なしで、自分の体をちょっぴりバンクさせるだけで、自然に曲がることができます。

6 そういえば乗れない頃、自転車ごと持ち上げて向きを変えた記憶もあるが?

スキーも自転車と同じで、最初は板を置き直したくなります。ところが、行きたい方に体を倒してやれば、進む向きがおもしろいように変わり、なめらかに曲がり続けます。体を右へ左へと傾ければ、スキー板は右へ左へとターンするのです。そうだと体が知るまでが、どちらも壁なのです。

7 スキーと自転車では、やっている本人の心境も似ているのか?

「スキーに何日か行って、まあまあおもしろかったけれど、こんなものかなって感じ」という感想は、まだパラレルに遠く、ハの字で滑るボーゲンスキーヤーの誰もが持ちます。これも、補助輪付きの自転車でガラガラ音をたてながら、家の周囲を回る子どもが感じる「曇ったおもしろさ」「浮かない楽しさ」にそっくりです。

8 壁を越えた時の感激も、似ているのか?

自転車の補助輪を左右とも取り外して一人で乗れた日も、スキー板を平行にして回れた日も、「おおっ、これはすごい」と心の底から感動します。つきまとっていた制約が消えて、晴れ渡った心境になり、前途が全く違って見えます。自分はすごいものを得た気になり、明日も乗りたい、滑りたいと、心奪われ夢中になります。自転車とは何か、スキーとは何か、その魅力が初めてわかるのです。

9 スキーも自転車も、当人が得たものは何なのか?

バランス感覚です。体を倒せば曲がる、そのタイミングと加減を体が覚えたのです。どちらも回る時だけでなく、実は直進時でさえ瞬間瞬間にバランスを取るために、体を左へ右へと無意識に細かく寄せて補正しています。曲芸師の綱渡りと同じことを、自転車もスキーもこっそり行っています。このバランス感覚ができれば、後は発展あるのみ。壁の向こうの別天地で、応用と発展の毎日で、毎シーズンが楽しくて仕方がない状態になります。

10 そんな鮮烈なパラレルターンが、正式にはどう説明されているのか?

全日本スキー連盟が刊行する指導書『日本スキー教程』(注4)には、かつて「複雑で微妙」と記されていました。パラレルの手前にいるスキーヤーにとって、この表現は実に言い得ていました。

11 「複雑で微妙」では、何の説明にもなっていないが?

説明しにくさが伝わってホッとします。パラレルの実現は、「ここをこうやれば、ホラ、できるだろ」という原理の発見ではありません。時間をかけてバランス感覚をゆっくり身につけるしかなく、途中の様々な練習は、実際どれ一つ完成を見ずに、たいした手応えもなく通り過ぎるものです。そこに「複雑で微妙」と釘を刺されると、不安定感やとらえどころのなさが正常なのだと安心できます。

12 自転車とスキー以外にも、体を倒すスポーツはあるのか?

オートバイ、スケート、ヨット、乗馬がすぐ思いつきますが、ランニングやウォーキングでも体をバンクさせれば円を描いて曲がって進み、バンクをゼロに戻せば直進します。生身で行えばそう難しくないのですが、間に道具が入ると遠隔操作になって、わかりにくくなります。

13 ランニングで体を傾けるのは簡単なのに、スキーではなぜ難しいのか?

練習時間の差です。ランニングは幼児期の二足歩行以来やり慣れていますが、スキーの姿勢は経験がありません。慣れないスキー板の上で、しかも下り坂でバランスを取りながら滑って行くわけで、この身に覚えのない行動の完成形であるパラレルターンには練習量、つまり時間が必要なのです。

14 体を傾けるということは、重心移動と言ってもいいのか?

同じです。ただし、自転車のコーナーリングとは違っている部分がスキーにはあります。スキーには、上るターンと下るターンの2種類があるのです。切れ上がって減速して止まろうとするターンを「山回り」と言いますが、山回りと山回りのつなぎ目に、スキーをいったん谷底へ向けて落としていく「谷回り」と呼ぶターンを加えることで、連続ターンを行います。

15 よく耳にする谷回りという語だが、それがパラレルとどう関係するのか?

谷回りに入る難しさが、パラレルの壁の正体です。初級者がゲレンデをダラダラ横切り、端っこまで行ってしまうのは、谷回りに切り替えできないで、山回りし続けるからです。ビギナーは、山回りができるまでに2時間かかり、谷回りにはその60倍の時間がかかります。


(注4) 『日本スキー教程』 (財団法人全日本スキー連盟 1986年版)