05 スキー板のサイドカット半径の発見

1 スキー板に「半径」という寸法が存在することは、いつ発見されたのか?

サイドカット半径をはっきりと説明した論文が存在します。1985年にオーストリアで出され、その著者がロボットにスキーで滑らせる研究成果を書いた87年の本でも自説に触れ、国際的に注目されていました。スキー板の側面の「削り込み」を、半径のメートル数で示した資料としては、かなり古いものです。著者は日本人です(注1)。

2 その研究成果には、スキーの曲がる原理はどう書かれているのか?

「サイドカットに沿って曲がる」と書かれています。言われて板を見れば、そうだとわかることですが、従来の他の学説では物理の力学計算式やエネルギー変換の法則を使って、非常に難解に説明していました。

3 以前は、サイドカットの大小をメートル数で言わず、どう表現したのか?

以前どころか、論文以後の1990年前後、空前のスキーブーム時代にも、メートル表示は全く見られません。問題の論文から9年後の94年版の公式指導書では、「サイド・キャンバが深い、浅い」の表現が使われており、円弧や半径を使った説明はまだです(注2)。ちなみにサイド・キャンバがより深いスキーは、技術レベルの高い人向きだと説明されていましたが、それに反して3年後には初級者にやさしいR11メートルのイージーカーブスキーがどっと発売されました。

4 一般の書ではどうだったのか?

カービングスキー登場の2年後となる94年に、トップデモたちが執筆した95年版総合技術書(注3)には「サイドカットが曲がる原因」とありますが、やはり「半径」の話はありません。「ターン-科学的には複雑らしいのだが・・・」と記され、過去の複雑な論文を引用しています。その時カービングスキーは製品化されているのに紹介は一切なく、プロのデモンストレーターたちは、全員ずんどうスキーで写真に写っています。

5 板が曲がって進む原理は、本当に複雑なのか?

ごく単純です。雪に対して板の側面が円弧で接するから、円弧を描いて進むだけの話です。ただし原理は単純でも、数字や数式で表現するのは容易ではありませんが。

6 旧式スキーで曲がるのが難しかった理由を、その単純な原理で説明できるか?

設計円弧何メートルという考え方がなかった旧式スキーにも、設計円弧はちゃんと存在します。しかし半径があまりに大きく、ゆるやかすぎるので、曲がっているのか直進しているのか、使い分けられないほどあいまいでした。もし円弧どおりに回ったなら、直線に近い巨大なターンになり、たちまちスピードが上がって暴走して危険です。そこで、板の円弧よりも小さく板を回し込む秘密の操作を要したのです。

7 なるほど、その秘密の操作が難しすぎて、旧式スキーでは苦労したわけか?

難しさとともに、説明しにくい点が致命的でした。板が自然に回るにまかせては誰でも暴走するので、足で無理やり回し込む「隠れ操作」を混ぜました。具体的には、ひざの回し込みや、かかと押し出しで無理して曲がりました。しかも操作は三次元的で複雑なので、指導が大変に難しいのです。それに対して、カービングスキーは小細工をやめて、ただ乗って体を行きたい方へ傾ければ曲がります。

8 コンピューターの発達は、カービングスキーの開発に貢献したのか?

無関係です。サイドカットを小さくするアイデアが、コンピューター解析で発見されたなどの話は、まゆつばです。このような、カービングスキーを科学のたまものに帰結する論調の裏には、後悔の念がありそうです。昔の技術でも作れた形状が、人間の心的な理由で作られず、結果的に時間と労力を膨大に無駄にしたという後悔が・・・。科学という「現代の神」を責任者に加えたくなりますが、コンピューターは関与しません。

9 しかし今では、板の設計にコンピューターが使われているのは常識だが?

プリントデザインの制作と管理で、旧式スキーでも電算処理は広く行われていました。デジタル画特有のギザギザを、荒いドットでプリントしている板もありました。2000年現在のスキー設計では、構造的な設計にもコンピューター解析とコンピューター支援デザイン(CAD)が使われますが、サイドカットは円弧を一個ではなく、複数組み合わせた曲線の製品も多いようです。例えば最後部の40センチほどを、非常に小さな半径に作った板も見られます。

10 そもそもスキー板は日進月歩で発達していたのか?

進歩は牛歩でした。一般にスポーツ用品は保守的な世界であり、突然変異のように「ガクン」と革新されます。1980年頃にテニス界で起きたラケットのサイズアップも、突然変異の「ガクン」です。スキー界での「ガクン」がカービングスキーであり、過去100年分の進歩を全て合計した以上に、スキーヤーに与える影響が大きい革新です。

11 スキー板の改善がこれほど遅れたことに、首をかしげるスキーヤーが非常に多いが?

首をかしげながらも、原因におよそ見当をつけているようです。科学的にアプローチする分析や研究が足りなかった背景として、達人に基準を置く体育会的な気風が世界的にあったと思います。習得に手こずるビギナーを見ても、努力しろ、ガンバレ、情けないぞと言うものの、道具の問題とは考えなかった、そういう空気です。

12 1990年代後半になって、いきなり板の革命が起きたのはなぜか?

設計者がスノーボードの小さいRにヒントを得たのだと思います。どれかのスキー誌に、Rを小さくするだけで激変するなんてコロンブスの卵だとありましたが、スポーツがうまくいかない原因を道具に責任転嫁しない潔癖症は、誰もが持っています。それをズバリ道具のせいにする英断を下した者は、将来に特別な呼ばれ方をしているでしょう。

13 従来は、簡単に滑れるスキーという宣伝はなかったのか?

簡単さを売りにした製品はあまり見ません。カービングスキーが登場する前の総合カタログ『世界のスキー用品』を見ると、「極める人のテクニックに応える逸品」的なキャッチフレーズが目立ちます。「簡単なスキー」という発想に罪悪感があったことは、カービングスキーに対して「簡単なスキー板なんて良くない」という批判があちこちで起きたことでもわかり、開発遅れにこれが関係したはずです。私自身カービング擁護論争を何十回も行いましたが、軟弱な人への配慮など不要だと言わんばかりの勇ましい批判が、非常に多く聞かれました。

14 以前のゲレンデの指導者たちは、Rに関して何を考えていたのか?

私はトータル30日以上習いましたが、サイドカット半径という語も概念も、全く聞いたことがありません。例えばスクールでは、先生が滑ったとおりに生徒が真似ても、ターン弧がふくらみます。実は旧式スキーでさえ、生徒のレンタルに比べ先生の上級用の方がRがわずかに小さめで、曲がりがクイックだったのです。しかし、体重をかけて雪を十分に押さえないから、ターンがふくらむのだと責められて終わりでした。


(注1) 『スキーの科学』 (清水史郎著 光文社 1987年)
(注2) 『日本スキー教程』 (財団法人全日本スキー連盟 1994年版)
(注3) 『最新スキー技術百科‘95』 (学習研究社 1994年)