60 スキー板は長生きか

1 4日無駄にした一件で、教訓は何か?

「スキー板は刃物」を改めて認識しました。それにしても考えさせられたのは、謎の不調が4日続くだけで、心理的に相当なダメージを受ける点です。「何なのだ?なぜ滑れないのだ?」「これが本当に自分なのか?」と自問し、周囲をボーゲンで行く初級者たちが実に偉大に見えて、自分だけがゲレンデでちっぽけに浮いていました。焦りと孤立感と、斜面にまるで歯が立たない虚無感。同じ目にあって前途を放棄した人はいないか、他人のゆくえまでもが心配になります。

2 エッジの摩耗で運動を妨げられ、上達しない人はどの程度いるのか?

行きずりに他人のスキー板を点検してみると、目で見てわかるほど角が落ちている場合があります。その場で研ぎ直すと、皆滑りが一変し、こんなに違うのかと驚きの声をあげ、顔が晴れます。「上体が不安定だから、板が乱れる」という解釈は間違いで、因果関係は逆です。「足元が乱れない板だから、上体が決まる」という関係なのです。

3 その逆説を信じず、何でも自分の技術不足にする人がいそうだが?

個人の潔癖性とは別に、指導者の影響もあるかもしれません。指導者に「板が流れているぞ。姿勢をきちんとしろ。きちんと乗って板を押さえ込め」などと言われても、実際には板がそれをさせてくれず、板に妨害されている受難の最中かも知れません。初級者を指導する者は、生徒全員の板を指で触れて点検してから開始しないと、教習がフィクションになる恐れさえあります。

4 触れてエッジが落ちていても、本人がこれでいいと言ったりしないか?

ありました。そんな細かい話はどうでもいいと言う人。あるいは一応理解はしても、ゲレンデ現場のどさくさで解決に動けず、機能しない板で成果のない1日を過ごしたケース。結局は、自分はスキーに向かないとの思いに至りがちです。そうなれば、エッジ切削をどうこうという問題に合点したつもりでも、実感は理屈を飛び越え脱退願望へ発展します。私は多くの初級者に道具の重要性を説いて回りましたが、つくづく人間は合理的に動けない「心理の動物」だと感じました。

5 弘法筆を選ばず、と言う初級者もいるが?

確かに、初級者に限ってそう言います。その結果、万年ボーゲンか撤退です。上級者は道具が滑りに直結することを経験しており、決してそうは言いません。ただしそのことわざは、普通は別の意味で使われます。メーカーは、スキー板の内部構造を変えない年も、外装のプリントデザインだけは毎年変えるので、ニューモデルを追うと無駄に金がかかるという商業主義への批判です。ところが実は、毎年買い換えると上達に有利な面もあります。

6 なぜ板を毎年買い替えると上達するのか?

エッジが鋭利に戻るからです。だんだん摩耗して、知らないうちに少しずつへたになる現象は、板のひんぱんな買い換えで簡単に防げます。

7 エッジを削り直しても、好転しなかった人はいないか?

こういう例はありました。長く手入れをしていない板を、削っても削ってもエッジの丸みが取れず、ヤスリの方が丸くなってしまい、「もういいや」と手を止めた人がいました。手は疲れ、鉄の削りクズがたくさん出たので、十分だと思ったのでしょう。しかし実は、「ひどい摩耗」が「普通の摩耗」に半分改善しただけで、不調も半分続きました。

8 20日でスキー放棄を決めた例の人も、実はエッジが原因だったのでは?

板を捨てているので不明ですが、可能性はあります。その人は早くから自分のスキー板を持ち、バブル時代の後半は暖冬の雪不足が続いたからです。私自身を思い返せば、パラレルの壁以後も続けた49日ものレンタルのせいで、常にエッジが適切に研がれていた点と、積雪が多い気候だったのが幸いです。それが板を買った後で暖冬時代に入ったので、先述の怪現象に見舞われ、花のパラレルスキーヤーでありながら謎のピンチとなったわけです。

9 消耗するエッジを研ぐ必要があることを、知らないスキーヤーが多いのはなぜか?

その1人だった私の思うに、スキー指導が姿勢や動作に終始し、道具にかまわなかったせいもあるでしょう。どこかしら努力主義、根性主義だったのです。ショップで購入時にエッジに関する注意はなかったし、ワックス・メーカーのパンフレットに使われる「チューニング」という語感も、マニアックで縁遠いオプショナルな印象を与えます。競技界には口コミの連絡網があり、草レースであっても誰もがヤスリを所持して、最低でもサイドエッジを自分で調整しています。

(後日談 2006年3月)
根性主義の続きで、板ではなく靴の話ですが、私は初級の頃「前傾できない病」の原因が靴にあるのではと考え、指導者に言ったことがありましたが「前傾の努力が足りないだけ」の回答でした。しかし15年後、前傾角度がやや深めで、しかも前後へ柔軟にたわむ靴が一般化しました。また筋力的に後ろにはね返されやすく、前傾が苦手な女性のために、靴を乗せると前部より後部(かかと側)が少し高くなって、前かがみが簡単になるレディース・スキー板も登場しました。技術が奥深いスキーの入り口で、次元の低い努力を不要にするために、あらゆる道具を見直すことが望まれます。

10 エッジ幅がゼロになるまで、スキー板は使えるのか?

残りの幅が0.5ミリ(シャープペンの芯)程度に減ると、エッジは破損することがあります。エッジングの圧力に耐えられず、サイドの鉄が裂けながらめくれて、ソール材(シンタードベースなど)の側面が露出するのです。部分的にそうなっても、しばらくは滑れます。

11 スキー板が古くなると、板全体がヘタってくると言われるが?

理屈ではスキー板も、弾力性能(ヤング率)低下という一種の「エージング」が起きます。しかしそれで硬めの板がちょうど良くなることもあるわけで、支障があるほどヘタった話にはちょっと疑問もあります。例えばエッジが丸くなれば、スリップしてたわみの弾力が返って来ず、元気のない眠いスキー板になります。それを指して、材質がヘタったと誤診したケースがありそうだからです。

12 買ったばかりの新しい板にも、エッジの調整が必要とされるが?

板の先端と後端のターンに関係しない部分を、ヤスリで丸く落として安全にします。板を60度ローリングさせて(体を雪面から45度を超えて30度まで傾けて)も雪に触れない「ソリ」の部分がそうです。もうひとつ必要なのは、出荷時のエッジがあまりに鋭い場合に全体を少し落としてやることです。

13 出荷時のスキー板は、コンディションが一番いいのではないのか?

高価なスキー板でも、粗製濫造は見られます。普通に量産される板は、サイドエッジを機械裁断したまま、研磨調整せずに出荷されます。角度がエッジの場所で違っていたり、フチにガサガサとバリが出過ぎている場合があり、これがまた露骨な不調を引き起こします。

14 エッジにバリが出過ぎると、今度は何が起きるのか?

「過敏性ブレーキ症候群」です。ずらして滑ろうとするとガクンとすごいブレーキがかかって、足腰が押しつぶされそうな異常な失速が起きます。カービングスキーの恩恵としてブレーキのかかりのよさがありますが、そんなものではありません。板が雪面をなめらかにずれずに粗暴に振る舞います。車でいえばカックンブレーキ。またカービングターンを行うと、雪に切り込み過ぎて埋まって失速するなど、異様な挙動も起きます。

15 エッジが摩耗するとダメ、鋭すぎてもダメで、まあ何とデリケートなのか?

エッジがどんな状態かは、常に気に留めておく必要があります。強調したいのは、イマイチ気持ちが盛り上がらない人は、買ったまま放任した道具にやられているケースがかなり多い点です。チューンナップ店へ毎年持ち込む上級者がけっこういるのは、スキー板は調整しだいで使用感に劇的な変化が起き、スキーライフの明暗を分けることを経験しているからです。

16 簡単にエッジを点検する方法はあるのか?

手の指3本の背中側でエッジをなでて、バリの引っかかり具合を確かめます。指の腹でわかる人もいますが。バリのガサつきが少しある状態なら安心ですが、ガサつきが皆無だったり、逆に触れるのが危険なほどガサガサしていると、努力してもうまく滑れません。

17 旧式スキー時代に、ダリングというチューニング法もあったが?

ダリングとは、買った板を最初におろす前に、まず左用と右用を決め、それぞれ非対称にサンドペーパーでエッジを落とす調整です。先端から内エッジ25センチ、外エッジ30センチ、後端から内エッジ15センチ、外エッジ20センチという具合に、外エッジ側(小指側)のエッジをよりたくさん落とします。先端と後端のエッジの利きを甘くし、同時に内エッジより外エッジの利きを甘くします。雪に過剰に引っかかるのを防ぐのが目的です。

18 カービングスキーにもダリングは必要なのか?

無意味です。長い板を甘くするぐらいなら、短い板を鋭くすればいい理屈で、しかもカービングターンでは左右対称にエッジを使うので、エッジの内外の切れ味に差をつけてはまずいわけです。私は板の左右を決めず、エッジは前から後まで適度に鋭くし、こまめに板を左右交換して使っています。