11 パラレルの壁の前でゆれるスキー心

1 初めてスキーに行った人の声は、ほとんどが感激の体験談だが?

都会人が初めてスキーに行くと、たくさんの感激があります。背より高い雪と広大なゲレンデ、抜ける青空と吹雪の入れ替わりの早さ。そして滑るスピード感とテンポの速さ、予想以上の難しさと激しさ。雪の柔らかさと硬さ。そして何かが自分にもできたという、おぼろげな感触。難しさの向こうにある、達成感と快適感。街では体験できなかった爽快感。夢見た白銀の世界に参加できた喜び。スキーの最初の興奮は鮮烈です。

2 その鮮烈な感激が、パラレルの壁でどのように暗転するのか?

最初の興奮が落ち着いて慣れていくにつれ、意識は足元の操作へと向かい、板を思うように回せないターン不能が急にクローズアップされてきます。カッコいい人と同じ足の使い方が、自分にはできない不思議さに気づき、違和感が前面に出てくるのです。厳密に言えば、誰でもスキーは楽しいのですが、板が言うことを聞かない低調が続くと、楽しさを打ち消す成分が現れ、ふくらみます。しだいに気落ちして、進退を迷い始めるのです。

3 外国観光などと比べて国内スキー旅行は高額だと気づき、離れていく人もいたが?

ブームの頃のスキー旅行には、マイナス要因が山とありました。重い道具、夜間移動、過密スケジュール、車中のあわただしい着替え、リフト・食堂・トイレの混雑、高いゲレンデ物価、吹雪、日焼け、粗末な旅館の設備、最終日の風呂なしなど。とどめは、斜面の恐怖と、暴走を食い止める足の疲労でした。これらマイナスの合計を、「滑る楽しさ」ただひとつで上回らないと、誰だって割に合わないと感じ始め、損得が気になり出すのです。

4 初めて行って感激したのに、二度と行かなくなる人はどういうわけか?

私もその一人でした。初回に連続6日間滑りましたが、ゲレンデにいる間はエキサイトして、また来るぞと誓っても、いったん都市に帰れば、普通列車、新幹線、急行、普通、タクシーと乗り継いで往復する労力が目に余りました。それに引き合う快楽は、6日滑ったボーゲンで感じるわけもなく、それきり無縁になりました。しかし4年後に、また行ったのです。

5 一度引退した後に、4年たって再び行った理由は何か?

団体ツアーへの便乗参加です。男女とも仲間が多くできたこと、修学旅行で経験した3日スキーヤーが多い中、6日のキャリアはやはり強く、その後も相対的な上級者として、教える側を兼ねた点もあります。往復の労力の甲斐ができたわけです。

6 初回の6日でひとまずやめた理由は、つまらなかったからか?

表向きは、忙しいからでした。後で思えば、忙しくて行けなかったのではなく、へただから気が乗らず、非優先にしていたのです。ビギナーの誰もが起きる心境が私にも起きて、無期延期モードに入ったのです。

7 金がないという理由はなかったのか?

私はしばらくして、その理由の意味がわかりました。パラレルスキーヤーの行動は、「冬に金があれば行く」ではありません。パラレルの壁を越えた人は、スキーの優先度を上位に持ってきて、春になればスキー貯蓄を始めるのです。資金を理由に一度も行かずシーズンを丸ごと見送る人は、すでにパラレルの壁にはばまれて、スキーに迷いが出始めています。

8 わざわざ寒い所に出かけて、何がおもしろいのかという声もよく聞くが?

寒さが好きでスキーに行く人はまれで、私も含めて皆寒さは嫌いです。だからほとんどの人は普段着の流用ではなく、防寒と防水のきいた専用スキーウェアを買っています。雪の上を滑るのが、どういう時におもしろいかといえば上手に滑れる時、つまり雪がサラサラする寒い日です。足先や耳がやや痛い程度に寒い日は、レベルアップを実感しやすいのです。実際には運動しているので、けっこう温かかったりしますが。

9 アフタースキーのイベントは、行きたくなる動機として大きいのか?

最初のうちは温泉や郷土料理も魅力ですが、しかし結局は純粋に滑るだけで絶大に楽しい客だけが残り、あとは去ったのです。これはベテランがそうで、雪上のパフォーマンスがほとんど全てであって、行く行かないを付属イベントで決めません。同じ頃のテニスでも、練習後のビールが何よりの楽しみ、という人もいましたが、サーブやレシーブが上達し、関心がプレーに向かわない人は、あれから10年たってテニスをやめたケースが多いはずです。

10 スキーは社交が楽しいと、昔から言われるが?

「社交界」の社交は、誇りを持った少数の集いという面があります。一大ブームが到来して、誰もがスキーを試した後では、スキーは俗化して社交性が薄れたと思います。友人の輪ぐらいにくだけたと同時に、ただ参加するだけでは一芸にならず、腕前に自信が持てないと長続きしにくいよう変化したのです。

11 スキーがきっかけのロマンスは、初級者の目的にはならないか?

スキー場や旅館での出会い、ゴールインは実際にけっこうあり、趣味が合うだけにうまくいく確率も上がりますが、ある程度のレベルがないと、それどころでないかも知れません。バブルのブーム当初は、漫画雑誌の連載記事を単行本にした『見栄講座』など楽しい指南書が出て、影響された人もいました。しかし女性男性とも、行く前に思い描いた軽快なイメージに反して、ボテボテ転ぶ重労働に悪戦苦闘し、余裕がないのが実情でした。

12 スキーといえば、とにかくおしゃれなスポーツとして扱われるが?

様々なメディアで、おしゃれなイメージが出回って、浮かれた雰囲気があるからでしょう。ロマンティック、メルヘン、はては恋愛にからめた宣伝をひんぱんに見ました。佐賀県のスキー場が1989年晩秋のオープン直前に用意したチラシは、全裸の男女が抱擁する生々しいモノクロ写真で、風俗産業か今でいうセクハラ抵触か、「ここまでやるかあ」「スキーと違うなあ」と嫌悪すら感じたものです。

13 スキー場に行ってみれば、そんなラブリーな世界ではなかったわけか?

行ってびっくり、スキーは実は運動だった、キラキラのブランドファッションを着ても、足元の雪斜面を処理できないと、雪に投げ出され、叩きつけられるばかり。そうならない能力を得るのに近道はない、この当たり前のことが誤解から理解へ変わるにつれ、離れていった人が多いのです。

14 それにしても、スポーツの中で特に激しいスキーに、軽いイメージがある理由は何か?

まずは、粉雪やパウダースノーという語でしょう。いかにも軽そう。その次は、若者の参加が多いからでしょう。本当は中高年も多いのですが、派手なウェアが若そうに見せています。

15 スキー技術はシリアスなのに、旅行カタログが気楽なイメージなのはなぜか?

事実、パラレル以降は気楽であり、中上級レベルのフィーリングは、浮かれたカタログに近いものです。カタログはウソでないどころか、楽しさを表現し足りないぐらいで。一方、初心者に対して、「道具は重い」「壁がある」「習得は長い」「我流は敗退」など、スポーツ面のシリアスな情報は、カタログ宣伝に出しようがありません。「10日も滑ればベテラン入りだろう」と期待して失意を抱く客を、旅行会社が防ぎようがありません。

16 そんな失意の人たちは、スキーに参加した動機が不純だったのでは?

確固たる目的意識や信念に燃えて、スキーに参加する都会人はまれです。誰もが未知への好奇心や、流行に乗って何となくだったり、人数合わせのおつきあいなど、軽い動機でスタートします。最初に登山組から誘われた私も、例外ではありません。従って実態との心理ギャップは必ず起きるわけですが、ギャップを大きく増幅させた真犯人が、旧式のずんどうスキーです。労なく上達するスポーツなど存在しませんが、難易度にも限度があり、旧式スキーは非情にも難しすぎました。

17 打てないソフトボールや、入らないバレーボールと同じで、練習で解決しないのか?

方法はそれしかないので、ブームより前に始めた人は当たり前に練習時間をかけて上達しました。しかし平成バブルのブーム喧騒を追い風に参入した人は、ファッショナブルなムードに当てられすぎたケースが多く、ギャップが大きすぎて混乱をきたしました。目を覚まさせ、スポーツの原理原則、すなわち地道な練習に軟着陸させてくれる指導者が必要でしたが、指導者に恵まれなければ、わけがわからず退散するほかなかったのです。