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電子美術館のQ&A

127 AT車をこう改良すれば暴走事故は激減する

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2019/6/23

――AT車が暴走した死亡事故が、最近いっそう目立ってきましたが?

2013年だったか、AT車の暴走事故を詳しく解説しました。私の解釈は、反語表現が苦手な人類の脳の誤動作です。裏返しの表現が人間を引っかけて惑わせ、混乱を起こす。事故の巻き添え死で、高齢ドライバーたちは晩節を汚すに至る。これは欠陥デザインの問題です。

――AT車の暴走原理を、もう一度振り返りたいのですが?

諸悪の根元はクリープ現象です。クリープはギアが前進Dや後退Rに入った状態で、ドライバーがペダルから両足を離した時、車がじりじりと前進や後退を続ける現象です。エンジントルクが大きい普通車や小型車では力強く進み、軽自動車では弱く進みます。

――坂道発進で後下がりせずに頼りになるクリープですが、それが暴走にどうつながりますか?

クリープで進む速度は例えば時速3キロと、人が歩く程度です。遅いけれどゼロではない。ドライバーの動作はこうです。普通に時速40キロで進む時、アクセル(スロットル)ペダルを踏み続けます。当たり前すぎる操作です。ところがノロノロと時速2キロで進む時は、やることが違います。クリープ現象で時速3キロ以上で勝手に進むから、普通の操作だと2キロに落ちません。そのままだと速すぎる。そこでドライバーは、あえてブレーキを踏みながら押さえ込み続けます。

――AT車を運転する全員が、その操作をやりますね?

時速40キロで進む時、アクセルペダルを軽く踏んでいます。ところが時速2キロで進む時は、ブレーキペダルを軽く踏んでいます。今まさに車を進めている真っ最中なのに、踏んでいるペダルが異なります。40キロと2キロでは、足が異なるペダルに乗っています。同じことをやらず、違うことをやっている。速度が速いか遅いかで、ドライバーの動作が二種類あるのです。一種類ではなく二種類。

――進むならアクセル、止まるならブレーキと、すっきり割り切れないわけで?

スイスイと時速40キロなら、進む時にアクセルペダル、止まる時にブレーキペダルです。ところがノロノロと時速2キロだと、進む時にブレーキペダル、止まる時にブレーキペダルと、40キロの時と違う操作です。進むも止まるも、踏むのはただひとつのブレーキペダルに徹する意外さです。2キロの時に限りアクセルペダルの出番がありません。ブレーキで進み、ブレーキで止まる変則的な行為になります。

――でも完全停車のフィニッシュは、どちらもブレーキペダルを踏んでいて、ゴールは同じですが?

スタートが違います。ということは、「進む」「止まる」の二つの境目で、やることが違うことを意味します。時速40キロの時は、右ペダルに乗せた足を左ペダルへ移して、ギュッと踏みます。ところが、ノロノロの時速2キロの時は、足をどこにも移しません。移したらだめ。靴を絶対に移動してはならないのです。足を移動しないで何をするかといえば、今踏んでいる同じペダルを強くギュッと踏みます。停車のさせ方が全然違います。

――手順というか足順の説明さえ、ややこしいですから?

法則が一定しないから、二種類が混じった錯覚が起きます。人は誰でも今と逆の結果を出すには、今と反対の行動を起こします。例えば熱いヤカンに手を触れた時、手を押し当てる方向とは逆方向へ手を離すものです。その時、逆なのか正なのか、正解となる向きが二つに分岐すると、条件反射が統一されません。哲学的に言うとこう。40キロだと肯定的な肯定を否定するため否定的に否定する。2キロだと否定的な肯定を否定するため否定的に否定する。前者はペダル移動が必須で、後者は厳禁。

――あっと思って足が逆へ逃げた、逃げた先はアクセルだから暴走ですね?

40キロの時の操作を、2キロの時にやる失敗がそれです。これが暴走事故の基本型だと私が考えた根拠は、駐車場でこの事故が多い事実です。コンビニの駐車場やスーパーやホームセンターの立体駐車場ビルが多い。クリープ走行の出番は車庫入れです。二つのペダルを使う場面が終わり、一つのペダルだけを使う場面へとガクンと切り替わる、その場所が駐車場です。よくある通説、ドライバーの身体と軸がずれて踏む的がずれた説を後回しにした理由は、コンビニへ着いて前進で突っ込む事故の多さです。真っ直ぐの姿勢で踏み間違えた点に注目できます。

――でも福岡市で病院へ突っ込んだ死亡事故は、時速30キロ程度の細い公道を走行中でしたが?

2キロの時の操作を、40キロの時にやる失敗がそれです。アメリカで多発したパターンです。二種類に分岐する進め方と止め方が、ドライバーの脳内でごっちゃにからまる瞬間があると、私は想像します。福岡市の事故ドライバーは直前に公園のトイレへ行きました。トイレの床で靴の裏がぬれるなどして、車に戻ってから衛生面で足元を気にした雑念が発端かも知れません。

――ほんの一瞬だけ、自分が今やっていることを見失ったかも知れないと?

私はAT車の謎を解くまで、MT車を毎日32年間運転しました。過去に2度だけ足の混乱を覚えています。時速40キロ程度の市街地の国道で、2秒ほど足が迷ってペダル操作に空白が起きたのです。何を踏むべきか行動が止まりました。マニュアル操作のMTなので2秒ほど慣性走行しただけで、暴走はありませんが。ただ手足と脳が連携せずに、ばらけて途切れる瞬間は覚えています。私は40キロ制限でメーター針45キロのスロードライバーだから、何も起きなかったのですが。

――今の時代だと、操作ミスした者が全て悪い自己責任だと、皆で叩いて終わりですが?

4速や5速のMTのような人間工学的に明快なメカでさえ、あれっと迷う瞬間があります。最近のAT車はペダルを踏む量が速度と比例しない回収エネルギー型だし、エンジン音がごく小さいハイブリッド車です。全国でひんぱんに事故が起きる気がしていたら、そのとおりの報道が続いています。私にすれば、心配したとおりだと。

――AT車の問題は、クリープ以外にもありませんか?

そもそも自動車の歴史で最大の失敗が、あべこべ配置にデザインされたATギアレバーです。私は80年代の車検時に、代車のAT車に乗って驚きました。大きいグリップのレバーを前に押し倒すとバックします。後に引き寄せると前進します。前なら後、後なら前。「何なのこれ?」。人を引っかけるような意地悪クイズを、いったい誰が考えたのかと、周囲に訴えました。周囲は皆がまだMT車でしたが。

――AT車に限って、みごとに前後が反対ですよね?

前なら後、後なら前。これ自体の暴走は最多のパターンとはいえません。でも無関係ではないはず。動物のほ乳類には条件反射が起きます。パターンを体が覚えて反応を統一して慣習化する本能です。ところが世の全てがあべこべではなく、イメージと合うものもあるから、混沌としています。合う例は、車のハンドルや方向指示器レバーです。それらは右へ行くなら右へ回す設計です。ギアレバーだけが、あからさまに感覚に逆らっています。

――世の中のほとんどの工業製品は、操作方向をイメージに合わせて作られますよね?

水道の蛇口は、止めようとしてジャーッと大量に出たり、熱湯をあびてしまう事故が多く、また今度説明します。例えばエレベーターの場合ですが、ホールに上下縦に並んだ押ボタンがあります。客が上階へ行きたい時、向かって下にあるボタンを押してゴンドラを呼ぶ設計は間違っています。上を押す設計が適切です。これが私の考え方です。取扱説明書に明記してユーザーが覚えて守れば、逆でも安心さという考えを私はとりません。正しく操作すれば事故は起きませんと原理だけ唱えても、説得力なし。

――AT車のギアシフトがどういう並び順なら、人間の先入観に合うのですか?

私案ですが、次の順に並べると安心です。まず、ギアレバーを一番後に引けばバックのR。それが感覚的に当たり前で、後退時はレバーが最後部が適切です。後へ進むなら後にレバー。そのひとつ前がパーキングのP、そのまた前がニュートラルのN、次がエンジンブレーキや電子ブレーキが利くローレンジのL、その前がLよりは速めとなる下り坂向けセカンドギアの2、そのさらに前が常用するD、一番前がギア比を高めにした高速向け高燃費モードのOD。後からR、P、N、L、2、D、ODが私の提案です。

――シフトレバーを前に押せば押すほど、車は高速で前進しているわけですね?

車が進む向きと速度が、ギアレバーの位置と比例するように相関関係があると、人間の感覚に合います。もし部分的にでも逆転やランダムを許容して法則を壊すと、ユーザーは混乱するに決まっています。設計基準も何でもありで跳びはね、無責任に向かうはず。アヴァンギャルドアート感覚になって。だから私は、逆転レイアウトをなくす主義です。積み上げた科学技術を投入して。

――踏み間違いは純粋にペダル配置の問題だと、ネットでは言われますが?

配置が悪いから足がそれて的外れを踏むという、物理的な失敗ではありません。行動パターンのリズムが乱れて勘違いする、思考と反射の失敗です。ギアレバー逆転の意地悪は心の負担です。そこにクリープで生じる反転ペダル操作の意地悪が脳内でからみ合い、錯覚する瞬間が生まれます。「僕も気になっていました」の軽い引っかかりが、どうかした拍子に混沌としたり暴れ出して、信じがたいミスを起こすのが人間です。例えば縁石にボディーがガツンと当たる不測の事態のパニックでも、踏み間違わない設計でないとだめ。落ち着いた運転なら大丈夫では無意味。

――AT車には、ギアシフトレバー以外に引っかけはありませんか?

パーキングブレーキも引っかけです。昔は左手で引っ張る、いわゆるサイドブレーキでした。引き上げるとギリギリギリと音がして。このタイプの四輪駆動MT車では、左足ブレーキ、右足アクセル、左手ハンドブレーキと、三つを同時に加減して、雪道でのリカバーがしやすい。ところが今は左足で踏むパーキングブレーキが増えました。これはペダル踏み間違いの危険地帯を混沌とさせた失敗です。サイドブレーキを手から足へ移したのは隠れ設計ミスです。

――国産T社のP車のギアシフトに、Bという謎のポジションがありますが?

Bはバックかと思えば、実はエンジンモーターブレーキのBというオチです。しかし誤ってBに入れて暴走した事故ではなく、錯覚を起こす雰囲気づくりがまずいのです。意地悪クイズの出題文にみる引っかけ文言みたいに、余計な雑念を増やします。Bに入れて暴走した話ではなく、錯誤へ向かわせる背景的な悪影響があるはずで。少なくともBでなくLの方が悪影響は薄まるでしょう。

――P車では、レバーをどのポジションにやっても中央に戻りますし?

戻る中央がニュートラルだと錯覚させて、実はニュートラルは別にある奇異な設計は、海外企業のブランド車も模倣したそうです。外国が採用したから、お墨付きを得たのだと。しかしこれは、人間工学が世界的に軽視される流れを感じさせます。1990年代から新自由主義経済によるグローバリズムが世界潮流となり、先進国はデフレ不況の時代です。私の想像ですが、安全を検証するコストも削減され、暴走を解決させる業界の熱意も低くなりました。

――世界のデフレ経済が、車の設計に影を落としているのですか?

インフレは好景気ですが、デフレは不景気です。デフレ国は経済縮小して貧困化するから、コストダウン思想が猛威をふるいます。付加価値の一種である親切設計が省かれ、見かけだけ立派な手抜き製品が増える。日本以外の車メーカーが、コンピュータープログラムで不正燃費を偽装したのもそれです。株主の儲けに取締役たちが配慮し、反社会行動が出やすい。命よりお金が第一のモラル喪失も、デフレ不況のあるある光景でしょう。貧すれば鈍するの格言どおり、ずさんな設計が流行り是認されている疑いです。

――車はどんどん高度化しているのに、安全性は悪化しているのですか?

その風潮を感じたのは、自動車道のトンネル天井崩落事故でした。コンクリートの傷みを点検する費用よりも、崩れて死んだ人の損害賠償額の方が安くて、ペイするとの合理的な判断というか。これが安いやと。新自由主義経済のデフレ下ではお金が大事になりすぎて、採算を度外視した安全設計は後退し、採算を度内視した簡略設計が前に出ます。昨今はカネカネカネカネと言う者がヒーローになり、夢を語る者は「コスト計算できない馬鹿」と論破されて笑われる時代です。危険な車を見分けるのも自己責任という優生思想で、ユーザーを責める空気も強い。

――取扱説明書にない操作をやる馬鹿ドライバーが、一番悪いとの意見が多いようですが?

確かにドライバーの粗暴化もあります。デフレ不況だと、(1)自動車学校の経営難で甘い指導。(2)人件費削減で人命軽視の傾向。(3)憤まんと攻撃性の潜在。(4)消極的自殺願望の広まり。(5)高齢化社会の摩擦。(6)移民向け偽造免許ビジネス。車は凶器だという事実も悪用して、テロに使える意識もデフレの社会荒廃でしょう。「馬鹿が増えて事故が増えた」の工作投稿から、製造側もコスト削減に疲れて、リコール対応も省きたい実情がみえます。デフレ不況のすさんだ世相は、不便なカーデザインを叩くよりも、免許返納が遅い老害を叩く方へ向かっているし。

――不景気だと人権意識も下がるし、早死にする者も増えるわけですよね?

景気が悪くなると人権侵害が平気になり、ついに快感になります。しかし理屈では、無駄を削れば、安全も削られます。人命も削られて。倉敷市の川の氾濫もそうで、無駄をなくせば必要なものだけ残る思想は間違いです。無駄の除去で、必要物も除去されます。日本の失策は、デフレ時に間違って踏んだ消費税増税というブレーキでしたが、削減や整理など国民の思想も間違っています。似た間違いは美術では昔からありました。「悪い作品を除去し、良い作品だけ残そう」。日本はこの信念ですが、慎重な国は多い。後に価値が逆転した経験が記憶にあるから。

――AT車はわずか2個のペダルなのに、踏み分けのミスが多いのは不思議ですが?

2本足でペダル3個を操作するMT車は、平成時代の日本で縁遠くなった人も増えました。そのMT車はどう考えても不合理なのに、同種の事故が過去になかった。理由は簡単で、MT車にはクリープがないので、裏返しの反語的な錯覚が起きないからです。芸術の反語という表現手法は人間は苦手で、誤読の嵐となります。AT車の裏返した操作は、あたかも反語表現のごとき効果となり、運転でも錯覚し、原因分析でも錯覚します。苦手な反語ゆえ原因も解決策も俗説だけが出回り、破壊と死亡が続きます。

――AT車の暴走を、すっぱりとなくせませんか?

クリープ走行から停止する際に、足が反対ペダルのアクセルへ無意識に向かい、ブレーキのつもりで強く踏む。このAT車の誤操作を激減させるには、ペダルをどれも踏まない時に、停車か微動にとどめる機構を考えます。クリープ走行という概念さえ廃止する。それは電気自動車なら簡単で、ガソリン車もクリープを発電だけに振り向ければ可能でしょう。坂道発進時の後退防止は別に開発します。

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